1999年製作/187分/アメリカ
原題または英題:Magnolia
配給:日本ヘラルド映画
劇場公開日:2000年2月26日
久しぶりに、1999年のポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』を観ました。
3時間を超える長い映画です。
登場人物も多く、最初は「あれ、この人は誰だったかな」と思いながら見ていたのですが、
不思議なことに観終わったあとに残ったのは、ストーリーそのものというより、
登場人物たちが抱えていた感情でした。
この映画には、クイズ番組の司会者、かつて天才少年だった男性、
死を目前にした老人、孤独な女性、警察官、性の伝道師など、たくさんの人物が出てきます。
みんなそれぞれ別の人生を歩いているはずなのに、
見えてくるものは、なんだか似ている気がしました。
寂しさ。
不安。
誰かに認めてほしい気持ち。
本当は傷ついているのに、平気な顔をしてしまうこと。
弱い部分を見せたくないこと。
そういう普段はあまり人に見せないものたちです。
観ている途中で、何度か不思議な感覚になりました。
「あ、この気持ち、少しわかるかもしれない」
「こういう不安って、自分にもあるかもしれない」
登場人物に共感しているというより、
自分の中にあるものを見つけてしまった感じでした。
映画を観ているのに、途中から少し自分自身を見ているような気持ちになるのです。
『マグノリア』というタイトルも気になって調べてみました。
最も直接的な由来は、映画の舞台であるロサンゼルス郊外に実在する
「マグノリア・ブルバード」という通りの名前だそうです。
でも、それだけではなく、モクレンの花としての意味も重なっていると言われています。
モクレンは大きく花開き、一斉に散っていく花。
その姿が、映画の中で登場人物たちが抱えていた感情や人生が、
一気に噴き出していく様子にも重なって見えました。
そして、監督は後に、マグノリアの樹皮が癌治療にも使われることを知り、
「癒し」や「救い」の意味も感じたそうです。
もしそうだとしたら、この映画は人の弱さや痛みだけを描いた映画ではなくて、
その先にある「救い」について描いた作品なのかもしれません。
人は誰でも、誰にも見せない感情を抱えているのだと思います。
強く見える人も、明るく見える人も、何も問題なさそうに見える人も。
そして、自分だけがこんなふうに感じていると思っていたことが、
実は誰かの中にもあるのかもしれません。
『マグノリア』は、そんなことを静かに思わせる映画でした。
3時間という長さは決して短くないけれど、
観終わったあとに残るものは、不思議と大きい映画でした。


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