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映画余録

映画余録『ゴーン・ベイビー・ゴーン』──正しさだけでは決められないこと

原題/Gone Baby Gone
制作年/2007
制作国/アメリカ
内容時間(字幕版)/115分
ジャンル/サスペンス/ミステリー

『ゴーン・ベイビー・ゴーン』を観始めた前半は、
正直なところ「誘拐事件を解決していくサスペンス映画かな」という印象でした。
もちろん緊張感もあるし、続きは気になるのですが、
最初のうちは比較的よくある事件ものの流れのようにも感じていました。
でも観ている途中から、何だかずっと小さな違和感がありました。

誘拐された少女の母親の様子です。
娘が突然いなくなったというのに、何かが少しおかしい。
心配していないわけではないのだろうけれど、
どこか空気が違うような気がするのです。

それに、捜索依頼をしてきたのが母親本人ではなく、
同じ建物の上の階に住んでいる叔母夫婦という構図も少し引っかかりました。
「どうしてだろう」
観ながらそんなことを思っていました。

でも、物語が進むにつれて、その違和感が少しずつ輪郭を持ち始めます。
「ああ、そういうことだったのか」
という驚きももちろんあるのですが、
この映画は単純な謎解きでは終わりませんでした。

むしろ、そこからが始まりだったような気がします。
観終わったあとに残ったのは、「犯人は誰だったか」ではなくて、
「何が正しかったのだろう」という問いでした。

誰かを守ること。
法律を守ること。
子どもの幸せを考えること。
人として正しいと思うこと。

その全部が、必ずしも同じ方向を向いていないのです。
もし、自分の目の前に明らかに幸せそうな子どもがいて、
その子を元の場所へ戻すことが本当に正しいのだとしたら。
もし、正しいことをしたはずなのに、
胸の中に何かが残ってしまったとしたら。
私はどうするだろう。
何を選ぶだろう。
そんなことを考え始めてしまいました。

映画を観ている間は「次どうなるんだろう」と思っていたのに、
観終わってからの方がずっと長く考えていた気がします。
世の中には、答えが一つしかないものもあるけれど、
誰かの幸せや人生が関わることになると、急に難しくなるのかもしれません。

正しいことと、優しいこと。
それが同じにならないこともある。

この映画は、そんな簡単には答えが出せないものを
静かに置いていった気がします。
観終わったあと、何だか少し苦くて、
でも考え続けたくなる映画でした。

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