映画『スターリングラード 史上最大の市街戦』

好日録

2014年製作/131分/ロシア
原題または英題:Stalingrad

ロシア映画を観るのは、
学生時代に観た『不思議惑星キン・ザ・ザ』以来かもしれません。
あの映画は、とにかく独特でした。
不思議な世界観と、よくわからないのに
妙に頭に残るユーモアに圧倒されたことを覚えています。
だから私の中には、いつの間にか「ロシア映画=強烈で個性的」
というイメージができていたのかもしれません。

今回『スターリングラード 史上最大の市街戦』を観始めたとき、
少しそんなことを考えていました。
「この映画は、そのイメージを変えるだろうか」
そんな気持ちで観始めたのです。

物語は第二次世界大戦中、スターリングラード攻防戦を舞台にしています。

廃墟となった街。
燃え続ける建物。
崩れた壁の向こうで続く戦闘。

映像はとても壮大で、火の海と化した街の描写には圧倒されました。
戦争映画として見ても十分見応えがあります。

けれど観終わったあと、不思議な感覚が残りました。
「あれ、私は何を観ていたんだろう」
戦争映画だったのに、ただ戦いを観ていた感じがしないのです。

恋愛映画として見ると、何か少し違う。
戦争映画として括ってしまうのも、何だか違う気がする。
観ている途中で、ふと『七人の侍』を思い出しました。
もちろん内容は全然違います。

でも、誰かを守ろうとする人たちがいて、
それぞれに過去や弱さがあって、
その中で少しずつ関係ができていく感じに、
どこか似たものを感じたのかもしれません。

映画の中では、一人の少女カーチャと、
彼女を守ろうとする五人の兵士たちが描かれます。

戦争という極限状態の中なのに、
そこには不思議と日常のような瞬間があります。
少し笑ったり、誰かを気にかけたり、相手のことを思ったり。
世界が崩れていても、人は人のままなのかもしれないと思いました。

そしてこの作品が少し印象的だったのは、
物語の始まりと終わりに東日本大震災が描かれていたことでした。
最初は正直、「なぜここがつながるんだろう」と思いました。
でも観終わってから考えると、この映画が描きたかったものは戦争そのものではなく、
「命が誰かに受け継がれていくこと」だったのかもしれません。

大きな歴史の中で、人はあまりに小さく見えることがあります。
けれど誰かが誰かを守ろうと思ったことや、誰かを大切に思ったことは、
その先にも残っていく。
そんなことを静かに感じました。

壮大な戦争映画を観たはずなのに、
最後に残ったのは戦車でも爆発でもなく、人の気持ちでした。
そういう映画は、案外好きなのかもしれません。

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